top of page

読んだ本から(1)

私の夢は私自身であり、私の生活、私の世界、他人が自分勝手の理由や目的の為に作った理論的構造とは異なる私の全現実であるという事実である。

それは、フロイトの夢ではなくて、私自身のものなのだ。

私は閃きのように、その夢が何を意味したかを了解した。 上に述べた争いは夢の分析についての重要な点を示している。

それは、学びとられ、規則にしたがって運用されるひとつの技術ではなくて、ふたつの人格のあいだにおける弁証法的対話なのである。

それが、機械的な技術のように取り扱われるならば、夢を見るひと個人の心の人格というものは失われ、治療的な問題は単純な問いかけに還元される。

すなわち、ふたりのうちのどちらが ―― つまり、分析者か被分析者か ―― 他方を支配しているだろうかという事になってしまう。

『C.G.ユング 人間と象徴(上)』

関連記事

すべて表示

ChatGPTとの会話2(棚について)

「人類」「言語」「ナナフシ」「記号の解釈過程」の言葉を使って「棚」について認識論の考察をして下さい。 「棚」という言葉は、人類が言語を使って概念化し、ナナフシとして捉えることができるものであると考えられます。しかし、記号の解釈過程によって、「棚」が異なる人間によって異なる意味を持つことがあることが明らかになります。それぞれの人間は、自分自身の経験や文化的背景に基づいて「棚」を解釈します。したがって

猫のこと(2015年ごろ)

その一生のほとんどを、この狭苦しい賃貸住宅で過ごすであろう哀れな猫。 うわあうわあと、私に向かって奇妙な声で啼く。 その意味は(私の理解する範囲において)単純で、遊んで欲しい、オヤツが欲しい、トイレが汚い、水が欲しい、撫でて欲しい、などである。(表現にはジェスチャーも含まれる) 猫は、それらの享楽が、わたしや妻から与えられなければ、自らの力では決して手に入らない物であること、この狭苦しい部屋で、そ

bottom of page