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べっこう脳

こんな話を読んだ。

1000年ほど前まである地方では、ふさわしい年齢になった女性が、自らの脳みそを半分愛する人に贈ることができるという風習があったそうだ。僅かに文献が残るのみで不明な点ばかりだが、ある方法を使えば、特に痛みや出血を伴うことなく、鼻の穴からひも状になった脳みそをつるつると取り出すことができる。

それを綺麗に折りたたみ、ある特定の種類の葉にくるんで木の小箱に入れる。しばらくそのまま置くと、脳みそはべっこうか琥珀のような、半透明の樹脂状の物体に変化し、脳みその折たたみ方によって、樹脂状になった時に表れる文様に違いが出る。これにはそれぞれ型と名前が付されており、さらにそれぞれに応じたメッセージのようなものがある。その他に葉を採取する時間や場所、木箱の大きさ、贈る時期などについて厳密な決まりがあるのだが、地域ごとに違う。

例えば、脳みそを右の鼻の穴から出すか左の穴から出すかについて、必ず右、必ず左の地方がそれぞれ存在するが、どちらでも良い、という地域は存在しない。

 脳みその取り出しに使う器具に関しては、持ち手の形状、装飾などに各地域ごとの違いがあるものの、先端の重要な部位はどの地域でも大方同じ形をしている。

当時の人々に脳という器官がどのようなものとして捉えられていたのか、詳しくはわからない。

だが、頭を強く打ったり頭をケガした人が、自分のことや知っているはずの人のことが分からなくなったり、昔のことを忘れてしまったりするということはやはりあっただろう。つまり記憶喪失のような症状である。その洞察を通して、脳というのが「自分が誰であるか」や「過去の記憶」を担うものだということは恐らく知っていたであろうと思われる。

だとすれば、愛する人にそれを贈る理由は何となく理解ができる。

しかしそれはあくまで現代人の解釈である。本当は全く違った由来があるかも知れない。

 脳みそを取り出す具体的な方法だけは全く謎であり、これはいわゆるロストテクノロジーというものである。

似たものとして、古代エジプトのミイラの製法に、長いかぎ状の器具を使って鼻の穴から脳みそを掻き出す工程があるというのを思い出したが、掻き出す、という表現から考えてひも状ではないだろうし、器具の形も全く違うし、何よりあれは死んだ人にするものである。

この風習はもちろん現在は行われていないが、この地方の婚姻の儀式では、一連の動作の中に、花嫁が長細く切られた白い布を花婿に手渡す、という部分が認められ、この風習との関わりを感じさせる。

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