"ジャニスの声は未知の世界へ飛んで行つた。いつたんことばを送り出してしまうと、ジャニスはそれらの言葉を呼び戻し、検閲し、並べ直し、もつと美しい文章を作り、自分の精神状態をもつとみごとに説明したいという衝動に襲われるのだつた。しかし、言葉はすでに惑星間の空間にあり、もしも何らかの宇宙の光輝によって照らし出されたそれらのことばが、熱に耐えかねて発火したとするならば、ジャニスの愛はいくつかの惑星を照明し、地球の夜の側をときならぬ夜明けの光でおどろかせるかもしれない。ジャニスは思った。もうあのことばはわたしのものではない。それらは宇宙のものなのであって、到着するまでは誰のものでもない。ことばは一秒間に十八万六千マイルの速さで目的地へ飛んでいく。
あの人は私に何と言うだろう。一分間のうちに何と答えてくれるだろう。ジャニスは腕時計をにらみ、受話器を耳に押しあてた。宇宙は電波の踊りとオーロラの音でジャニスに話しかけた。"
「レイ・ブラッドベリ 『荒野』 小笠原豊樹 訳」